物見遊山のそしりを受ける恐れをいだきながら、新装開店した田里津庵で食事をしようと宮城県に出かけた。時間もたっぷりあったので 仙台南部道路・東部道路は使わず一般道で向かい、石巻渡波まで足を伸ばすことに・・
R286~仙台港
報道では液状化とか地盤沈下の被害が報じられてはいたが、瓦が落ちたのかブルーシートをかけた家はあるものの外観からは大きな被害は見受けられない。6丁の目交差点から仙台港を目指す。七北田川を越したあたりから様子が変わり始める。キリンビールの工場周辺に着くとその様子は一変!!さすがに道路上にこそ車は無いが工場の敷地内道路わきには重なり合った車・トラックが横たわる。ポリテクセンター等空き地という空き地に車がところ狭しと集められている。
塩釜~松島
仙台港周辺と比べれば被害は少ないように見える。YouTubeに衝撃的な映像が載っていた塩釜マリンゲート・マックスバリュー塩釜店はさすがにClose。マリンゲート周辺の市場・パチンコ屋さんも流されてしまったようだ。陸前浜田・松島周辺は思いの他被害が少ない。松島は、一部を除いて建物自体は、倒壊もせず済んでいるようだ。もっともお土産物やさんはシャッタがまだ壊れたままのお店も多く半分ぐらいの店しかOpenしていない。遊覧船もこのGoldenWeekから就航し始めたが、やはり観光客は少なくいつものような渋滞もなくスムーズに流れる。
野蒜
1月下旬にカキを買いに行った古浦の牡蠣加工場は無事のよう。少し安心して進む。
ところが 東名の陸橋を上りきったところで先をみてびっくり、そこにはここまでとは全く違った、目を疑うような世界が広がっている。海がいままで見たことがないほど道路の近くまで寄ってきている。住宅が破壊されているせいだけでなく、いままで堤防で防いでいた海が、その堤防を超えて住宅地まで入り込んでいるようだ。
東名運河側から野蒜小学校方向に抜けたが、仙石線の踏み切りは、線路が撤去されているせいか 全く気づかないまま過ぎてしまった。野蒜小学校まで来ると この辺は津波の影響は免れているようだ。東名運河周辺はまさに壊滅
矢本
48号線で鳴瀬川を渡ると右側に田んぼが広がってくるのだが その田んぼに車や木の残骸が。普段であれば田植えに備える時期だが、全くその気配はない。いつも通りのルートで航空自衛隊松島基地横から石巻港を目指すが 矢本大曲周辺で通行止め。48号線に戻る。田んぼに打ち上げられ横転した漁船の船底に書かれた「がんばろう大曲」の赤い文字が胸を打つ
石巻・渡波
〔石巻新港〕48号から石巻新港に入る。倉庫群は倒壊し、右側に海が見える。想像したこともない光景が広がる。あの大きな建物がなにもないのだ。突き当たり右角の2・3棟の工場がかろうじて残っている。右折すると日本製紙から流れ出した大きな巻紙(正式には巻き取りというらしい)が道路脇に散乱している。
〔石巻漁港〕日和大橋を渡り魚市場方面に入ってびっくりしたのは中央分離帯に、木の屋水産のトレードマーク『巨大缶詰』がひっくりかえっている。
仙台港で重なりあった自動車を見て抱いた恐怖感が薄れてきている自分に気づいた。こんな光景を見てもあまりびっくりしなくなっているのだ。こんなことに慣れる自分が恐ろしい。
東名運河から野蒜小学校に入るときも感じたが 周りの建物が全くなくなっているせいで、道路の感覚がなかなかつかめない。そんななか石巻市民市場の看板をみつける。知っている目標物を見つけるとなぜかほっとする。もっとも建物の中はガラガラ・・・ ここから先渡波には抜けられず また48号に戻る。
〔渡波漁港〕48号から渡波の住宅街に入るとそこは瓦礫一面の世界。道路はかろうじて車1台が通れる幅が確保されている。カーナビが示す方角だけを頼りにカミさんと何度も来た岸壁を目指す。なにせ目標物は何も無いのだ。船着場にたどり着くと、海の中に、住宅が斜めになって沈んでいる。何度かエサを買った川崎釣具店さんのように見える。魚市場側に回ると 最近できたばかりの道路が海に崩れ落ちている。湾内には漁船・住宅・道路たくさんの瓦礫が沈んでいるだろう。あの親切な地元のみなさんともう一度釣りを楽しめる日はいつになったら戻ってくるのだろうか???皆さんのご無事を祈るばかりだ
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冒頭に書いた 新装開店した田里津庵。今はまだランチのみの営業で、店の方の話では 夜の部は6~7月になりそうとのこと。以前は靴を脱いで入店していたが、今回の改装で靴のまま入れるようになった。また玄関には緩やかなスロープがあり、しかもそのスロープには滑り止め用と思われる 小さな凹凸まで入っている。細やかな心遣いがうれしい。ちょっと残念なのはランチメニューと銘うっている割りには、少々高めに感じる。もっともかなりおしゃれな雰囲気で、雰囲気代含みの価格体系かな・・
ところで 今日は34年目の結婚記念日。いまだかつて体験したことの無い そしておそらくは、これからも決して体験することのない光景。 忘れられない一日に。