Sさんから託されたレポート

Sさんに預かっていたThinkPadを お返しする。極まれに無線LANが接続エラーになる場合があるので そのときの修復方法を記述しておいた。

以前 Sさんのご主人が最近お亡くなりになられた と 記述していましたが、ご主人は退職前盲学校の先生をされており 視覚障害者のパソコン利用の分野では 山形県内でも先駆者的役割をはたされたとのこと。視覚障害者の方のパソコン利用の歴史を知って欲しいと、ご主人が在職中に記述された、おそらくは教育関係の機関紙に投稿された20年ほど前のレポートを Sさんからいただきました。長文ですが 当時のご苦労が伺われ、大変興味の沸く内容なので、Sさんの許可をいただき ご主人に敬意をはらいつつ 以下にそのレポートをご紹介します。

教育センター「山形教育」(88年11月号)
盲学校における点字ワープロ・コンピュータ教育事始め

1.はじめに … 筆者の立場と用語の定義
 盲人が他人の手助けなしに普通の文字が書けるということは、なんと素晴らしいことだろう。この感動は、恐らく、障害をもたない読者諸先生には充分理解していただけないのではないだろうか。筆者は、この原稿を書くにあたり、コンピュータ(エプソンPC286V)のキーボードを叩いている。筆者の前には普通のディスプレイがない。代わりに、音声合成器がキイ入力に応じてエコーバックしてくれている。つまり、筆者の立場は、盲教育に携わる教育者であると同時に、盲人の一人として、コンピュータを障害補償機器として利用する実践者でもある。
 本稿では、山形盲学校におけるコンピュータ利用の沿革と、プログラミング指導の現状について記述するが、本論に入る前に、読者諸先生との共通理解を図るために三つの用語を定義しておく。
 「点字ワープロ」とは、(1)点字形式による書き込みおよび編集が可能であること、(2)通常の日本語の書式(漢字かな混じり文)による出力が可能であることの二つの条件を満たすコンピュータ関連のハード・ウェア及びソフト・ウェアをいう。
 「墨字」とは、〈スミジ〉と読み、点字に対する普通の文字のことをいう。盲教育に携わっている者はそう呼びならわしている。
 「六点漢字」とは、本来かな対応である点字に何らかの工夫を加えて墨字の漢字に対応させた点字の漢字の一種である。点字の漢字には内閣告示などで公認されたものはないが、現在広く用いられているものに普通の6点点字によるもの(六点漢字)と、普通の点字の上部に2点を加えた8点点字によるもの(漢点字と呼ばれている)との2系がある。

2.本校における「点字ワープロ事始め」
 山形県における点字ワープロの第1号機は、筆者の知る限りでは、昭和58年12月に本校の石山先生が入手したものである。これは、富士通のパソコン(FM‐8)を中心に組まれたものであり、専用の点字キーボードから六点漢字を使いながら入力して文書を作るものであった。音声装置は無かったので、まさに手探りの作業であったが、筆者はこのセットを借用して三学期の試験問題を作成した。この実践を見て、点字ワープロを自分でも使ってみたいと思う生徒が現れてくる。当時専攻科1年に在学した堀君であった。昭和59年6月には筆者も点字ワープロ・システムを入手する。NECのパソコン(PC‐8801MKⅡ)による最も初期のAOK点字日本語ワープロのシステムであった。付属のキーボードの一部(FDS、JKLのキー)を点字タイプライタに見立てて使用するため点字専用キーボードは不用となり、音声合成器によるエコーバックが可能となった。

3.全盲生にワープロ教育開始
 昭和59年5月から堀君(当時専攻科2年生)に対する六点漢字の指導が開始された。指導の時間は養護・訓練の時間(週1時間)である。それは本校における点字ワープロ指導の記念すべき第一歩であった。
 点字ワープロにおける漢字の入力には、(1)点字の漢字を使ってのダイレクト入力、(2)十六進数漢字コード(JIS規格)によるコード入力、(3)辞書機能によるかな漢字変換の三つの方法がある。しかし、無意味な数字を使う(2)は全く実用的ではない。また、(3)は一般ワープロで広く用いられている方法であるが、視覚的に漢字を選択できない盲人にとっては何らかの音声で区別できなければ正確な漢字変換を行うことは不可能である。現在の点字ワープロでは「詳細読み」といって、コウエンということばを引くと、「コウエンノ コウ オオヤケ、ガクエンノ エン ソノ(公園)」「コウエンノ コウ オオヤケ、エンゲキノ エン(公演)」「ゼンゴノ ゴ ウシロ、エンジョスルノ エン(後援)」と、次々に読み上げてくれるようになったが、これでは時間がかかり過ぎる。したがって、点字ワープロを最も有効に利用するには、(1)のダイレクト入力が最適である。ここで六点漢字の照会をする紙面の余裕は無いが、極めて乱暴なまとめ方をすれば、字音と字訓の一部からなる一種の形声文字であるといえる。価、家、歌、架、加、下、過などの漢字はいずれも〈カ〉という字音をもち、字訓はそれぞれ、アタイ、イエ、ウタ、カケル、クワエル、シタ、スギルなどと異なる。これを利用して共通の字音〈カ〉と字訓の一音を組み合わせて構成する。つまり、カ+ア=価、カ+イ=家、カ+ウ=歌等々である。
 夏休み直前のある日、筆者は堀君を自宅に招き点字ワープロ上で学習の成果を試みさせた。大成功であった。彼の点字ワープロへの期待はますます大きくなり、風呂敷包み一つの六点漢字学習資料を自宅に持ち帰ってそのほとんどをこなしてしまう。学習意欲の学習効果に対する役割りの大きさをこれほどまでに見せつけられたのは筆者の長年の教暦の中で初めてであった。そして彼は同年10月に自分用の点字ワープロを購入する。「習うより慣れろ」である。彼は高校を卒業し一般会社に勤める普通の勤め人であったが、突然の交通事故で失明し本校に入学してきたのであった。つまり、彼が漢字の用法についての豊富な知識をもっていたということは、点字ワープロ利用に際して極めて有利な条件ではあったと思う。昭和60年度の文化祭プログラム作成は彼の仕事となった。また、卒業研究の清書は、自分のものだけでなく、同級生のものまで引き受けて書いてやっていた。それまでは、全盲生
が弱視生に頼んで墨字文書を書いてもらうというのが盲学校の常識であったが、まさに立場が逆転したのである。
 昭和60年4月からは、川崎君(当時専攻科2年生)に対する養護・訓練の時間が点字ワープロとなった。堀君は3年に進級し、養護・訓練の時間がなくなったので、その指導は彼の必要に応じて放課後に行われることになる。二人の間には大きな条件の違いがあった。それは、川崎君が先天盲であり、漢字についての系統的な教育を受けたことがないということであった。この異質の二人を指導したことは筆者にとって貴重な経験であった。六点漢字を学ぶにあたっては、堀君のほうが川崎君より有利であろうと予想していたが、しかし、川崎君の指導を進めていく過程で、漢字そのものは知らなくとも、意外に漢字の用法についての知識をもっていることに驚かされることが多かった。進歩も意外に早く、翌年の一月には自分用の点字ワープロを購入した。そして、彼もまた文化祭のプログラム作成を担当することになる。
【休憩室】 ある日、川崎君の書いた文章中に「音学」という文字を発見して「音楽」である旨の注意を与えた。「楽器」や「吹奏楽」は正しく書いているの に、なぜ「音学」だけが間違っているのだろうと不思議に思って聞いてみると、 「教科だから、数学や科学や解剖学などと同じく音の学門だろうと思っていま した。」と言う。「それは音響学といって音楽とは別のものだよ。音楽は音を 楽しみ音によって人間を楽しませ、ラクにするものであってほしいね。試験な どはしないでさ。」…これは筆者の本音でした。

4.プログラミング指導の開始と本校におけるパソコン導入
 川崎君の六点漢字指導を開始した頃、筆者は録音再生ボードとこれを利用した画面読みソフトの存在を知った。ここから、筆者のベーシックによるプログラミング修業が始まる。夏までには簡単なプログラムを組めるようにもなった。その年の文化祭には、自作の簡単な盲児用ゲームプログラムも展示した。その頃には2台のパソコンを所有することができたので、1台は職場に持ち込んで、点字ワープロの指導とベーシックのトレーニングに使用していたが、それを見ていた相馬事務官が興味を示してくれた。筆者は彼の要望に応えて、就学奨励費の金種仕分けプログラムを組んで実際に事務処理に使用してもらった。この事が、本校にパソコンを導入するのに大きく影響したように思う。相馬事務官の並々ならぬ努力もあって、昭和61年度には、ようやく公費でパソコンが購入できたのである。もちろん、点字ワープロとしても使え、さらに点字プリンタも用意されたのである。
 話は少々前後するが、高等部生徒会に若干の動きがあった。課外クラブにコンピュータ関連のクラブを作ろうというのである。生徒数も減少し部活動の運営にもいろいろ問題があったが、61年4月からパソコンクラブとして発足することになる。筆者は、それまでベーシックの勉強の良き協力者であった正木先生とともに同クラブの顧問となり、系統的なプログラミング指導がこの時から開始される。山形盲学校パソコンクラブ用のテキスト「ベーシックNEW門」はこの年の指導と平行して書き下ろされたのである。この年の文化祭のパソコンコーナーのメインは共同作業による「肥満度診断プログラムの実演であった。このプログラムは0~60歳を対象とし、氏名、性別、年齢、身長、体重を入力することによって肥満度を評価し、日常生活に対する若干のコメントを加えて判断を出力するというもので、成人については、血圧の評価も行うものだった。肥満度の評価には、カウプ指数(乳幼児用)、ローレル指数(小・中・高の児童生徒用)、ボディーマスインデックス(18歳以上の成人用)を用い、血圧の評価にはWHOの規準を用いた。見学者には大好評であった。
 「肥満度診断プログラム」作成作業の目的は、(1)ハードウェアに慣れさせること、(2)プログラムの流れを理解させること、及び(3)プログラム中に用いた医学的概念を理解させること(クラブ員の多くがマッサージ・はり・きゅうを履修する生徒であったため)の3点にあった。時間的制約もあり、サンプルを作成してプログラムリストを与え、モジュールごとに区切って複数のパソコンで分担入力し最後にマージするという方法をとったのである。

5.現状と課題
 現在、本校には1台のパソコン(NEC.PC‐8801Mk2‐MR)と周辺機器がある。専攻科生に対する養護・訓練としての点字ワープロ指導はその後も毎年継続されているし、放課後ともなればパソコンクラブによって利用されている。ほかに、昨年度からは、高等部の必修クラブにおいてもホビー用として使用されている。また、職員の事務用としても利用されているが、残念なことには、授業の中で学習指導に利用されたことはない。学習指導に利用されない理由の一つは、視力障害児童生徒用の教育ソフトが無いことであり、あえて自作のプログラムを作成するだけの時間的余裕が教師側にないということも大きな問題である。しかし、全国的視野に立てば、この問題はやがて解決されていくであろう。その時点で問題となるのは、ハードウェアの主流がすでに16ビット機に移行してしまったということである。点字ワープロについても8ビット機時代はすでに過ぎた。本校のパソコン本体の更新が必要に迫られている。
 しかし、筆者がコンピュータに期待するのは、教育機器としてではなく、むしろ、障害補償機器としてである。全盲生については墨字を書くための道具としてのみならず、データ通信による情報入手の手段として、また、卒業者にはカルテ管理などの事務用機器として一台のパソコンが姿を変えながら奉仕してくれるだろう。弱視者にとっても、ディスプレイ画面文字の拡大などによる視力保護も問題である。しかし、これらの問題はすべて実践の中で解決できる問題であると筆者は信じている。その実践の一つとして、今年からパソコン通信を開始した。その主要目的は、データベースを利用して教材資料を集めることであり、それによって筆者自身の授業をより充実したものにしていくことである。充分に意を尽くしえないままに紙面を使い果たしたことが心残りである。(1988年10月)

スポンサーリンク
Rectangle大広告
Rectangle大広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする